聖都カンラークの酒場は盛況だった。ヘイジーツ最後の夕方、俗にいうハナキーンの時を迎えているからだ。 休日前とあって巡回や訓練、礼拝や慈善活動を終えた聖騎士や聖女たちも大勢で食事や飲みにやってきている。 「よし!それじゃあ改めてお疲れさん!今日はおごりだからバンバン食ってけよコージン!」 気さくな口調の剣士が向かいの若手騎士に促す。 「ボーリャック先輩よろしいのですか?私も夕食代の持ち合わせくらいはありますが。」 しかし礼儀正しい様子の若手は遠慮が隠せない。 「いいんだよ、こういうのは順番でな。俺も以前はオーサン先輩やイゾウ先輩に何度も食わせてもらったよ」 「こういう集団じゃ後輩におごるのはちょっとした勲章みたいなもんだ。先輩の顔を立ててくれよ、な?」 そう言われてようやく聖騎士コージンはメニューを手に取り、めくり始めた。 「しかし今日もボーリャック先輩から一本もとれませんでしたね、私もいつまでも未熟が抜けません」 「そんなことないって、お前は間違いなく若手の有望株だろ?しっかり俺の剣を見て、虎視眈々と突破口を探してた。俺だって迂闊には斬り込めなかったんだ…おっ魔骨鶏のだし巻き来たぞ」 コージンは生真面目な質らしく、大皿の料理が並んでなお感想戦を続け、後輩の熱意を察したボーリャックもちょくちょく料理を勧めながら応じていた。 「フィジカルお化けなのも間違いないですが、先輩の剣はなんだか賢いというか…頭の回転が速いですよね?」 「こちらも有効なタイミングで斬り込んだ手ごたえがいくつかあったのですが、一時的に有効でもその数手先で詰まされる」 「突破するにはより深いところで読み勝つか、もしくは理不尽なまでに破壊的な剣をもってすれば圧しきれるのか…いや後者はもはや人智の外…」 どうやらこの若き聖騎士は料理よりも剣術に熱が入るタイプらしい。ボーリャックは苦笑しながら応える。 「一本取るまでにそこまで丸裸にされたらたまらんな。心配するな、お前は伸びるよ」 「俺の方がお前よりちょっとばかり長く剣を握っていた、それだけのアドバンテージだ」 「おうおう飯食ってんのか座学やってんのかわかんねえな!我らが後輩は有望で助かるな、ボーリャック先輩殿?」 「そうだな、お前にもあいつの真面目さのひとかけらでもあれば、シャクカ教官のお小言も30分くらいは短くなったかもな?」 ちょっかいを出しに来たことを隠しもしないKOF「」である、ボーリャックの対応も慣れた様子だった。 「こいつの剣は聖都でも最上位だからよ、あんまり根詰めすぎんなよ?ユルくいこうや、剣技にだって脱力を肝要とするモンもあるんだ」 「KOF「」先輩、それは柔剣というものでしょうか?無学ながら私は詳しくありません、どうか教示を…」 「あっ、しまった…こりゃマジモンの勉強熱心だ」 面白がってつついた藪から蛇が出た、やらかしたといわんばかりの顔をするKOF「」 呆れながらもボーリャックは後輩に一声かけたところで… 「気ィ抜きすぎもよくないが、コージンはもう少し肩の力を抜いてもいいかもな。なあにその調子ならゆくゆくは俺なんかよりよっぽど立派な勇者様さ…あっ」 やらかしたといわんばかりの顔をした、しまった、これは失言だ。 コージンはにこやかな笑顔をしている、王子様スマイルと言っていい。だが先輩たちには目の奥が笑ってないように思えた。 「ボーリャック先輩、あなたがこの聖都で力を示し、実績を積み、勇者と呼ばれることに新参で若年の私に異存はありません。しかし先ほどのは少々勇者という名の扱いが軽薄に過ぎます」 隣の席でクリストが気まずそうに目を逸らした。(己のルックスで勇者と誤解されやすい彼もまた、コージンに勇者の肩書の重さについて幾度か釘を刺されている) 「勇者とはまず私の父上のことです。勇ある者、その呼称は決して軽くない、少なくとも私如き未熟が軽々と至れるかのような言い方はよろしくありません」 強烈な圧を発しているが、コージンとしてはこれでもだいぶ譲歩して先輩たちに説いている。 レンハートの人間は他国の勇者に対しての判定が非常に厳しい、その上でボーリャックが勇者と呼ばれることに異存はないと認めているのだ。 これは百歩譲って…いやゴーレムの歩幅で一万歩は譲っているといっても過言ではなく、コージンの聖都の仲間たちへの信愛や尊敬を示すものでもある。 「あ…ああわかった、わかってるさ、ちょっと表現が拙かった。お前がそんなに敬意を持ってるんだ、親父さんが大したお人だというのは分かるさ」 自分は剣で飯を食っている人間だが、万一この先、口先でも仕事をする必要が出てくるならこのような失言はすまい。ボーリャックは固く心に誓った。 「お前は本当に親父さんを敬愛しているんだな、わかったよ二度と勇者の名を軽く考えたりはしない それに俺が勇者と呼ばれてるのもやるべきことをやっていたら、分不相応に祭り上げられたにすぎんよ」 わかってもらえたならよし、といった顔になったコージンを見てふうと一息つく。 周囲の聖騎士含めこの場の全員が、もし自分がレンハートなる国を訪ねることがあるならば、このことを忘れず気を引き締めておこうと考えていた。 「そんだけ息子に愛されりゃ親父さんもうれしかろうさ、でもそれよりもっともっと親父さんが喜ぶことが一つあると思う」 「というと?」 「お前が勇者の名にも引けを取らないくらい立派に育つことだ、勇者の肩書を軽く扱うわけじゃないぞ?本当に勇者の肩書をいくらでも背負って、軽々歩けるくらいになって戻ったら、親父さんも泣いて喜ぶだろうさ」 後ろの方で壁にもたれて魔龍茶を傾けていたオーサンがウンウンと頷いた。この手の価値観はおっさんほど響くのだ。 「そういう…ものでしょうか…しかし私は…」 コージンはしばし考え、はっとした。確かに自分が尊敬を示すたび、父は照れ臭そうに喜んでいた。 しかしそれ以上に喜んでいたのは、自分が少しずつ成長している時、以前よりも伸びた背を測った時、昨日できなかったことが今日できたと伝えた時…。 もしかしたら、そうなのかもしれない。 「そうかも…しれません」「だろ?そんじゃもう遅くなったし、帰って…」 話はずいぶんと盛り上がった、もう外は真っ暗になっている。 「うう…テメェ…なにもんだぁ…」「あーあこいつ同僚の顔もわからなくなっちまいやんの」「飲みすぎだメテェ、ほら帰るぞ」 完全に酔い潰れた聖騎士が仲間に肩を借りて退店していくのが見えた、潮時である。 しかし、目の前のコージンを見ると何やららんらんと目が輝いて… 「そうかもしれません!!父上は私が成長することを確かに喜んでくれました!まだまだ私は鍛えなければならない!ボーリャック先輩もう一本稽古をお願いします!!!」 「うえええ゛!?今からァ!?まじでぇ…?」 さっき失言はもうしないと誓ったばかりだったのに…。帰って寝る前にちょっと4コマのネタ出ししてゆっくり休もうと思っていたのに…。 KOF「」は笑い転げている。クリストは生暖かい同情の目を向け、軽く会釈して店を出て行く。後ろのオーサンが一声かけてきた。 「くっくく!若いやつを焚きつけちまったなボーリャック!責任もって面倒見てやれよ?」 暗い夜空の下、しょんぼりした勇者と熱気に満ち満ちた王子が訓練場への道を逆戻りしていった。 この日、聖都に活気があふれた最後のハナキーンはゆっくりと過ぎていく。 記録上、聖都にエビルソードが出現したのはこの休み明けのことである。