エルモ号の作戦室。 指揮官は今日も膨大な書類の山と格闘していた。しかし、集中力はしばしば途切れる。原因は…依頼主でかつての上司ヘリアンから送られてくる、定期的な「業務連絡」だ。 ピコン。 指揮官の端末に通知が入る。 From: ヘリアン 件名: 作戦計画書の確認について(添付あり) 本文: 親愛なる賞金ハンター殿。添付ファイルにて作戦計画をご確認ください。また、作戦実施に支障をきたさない範囲で健康管理を徹底してください。 添付ファイルを開く。資料は完璧に整理されている。 そして、その後に続く、もう一枚の画像ファイル。 それは、ヘリアン自身のセルフィー(自撮り)だった。 ​今日の写真は、更衣室の一角でスーツを着崩し、素肌が透けて見えるブラを見せつけカメラを見つめる彼女。 かなり顔は真っ赤口元を震わせているにも見える。照れを隠せてはいないが、人形に負け劣ることはない美しさだ。 ​指揮官は頭を抱えた。 ​(今週で3枚目だ。最初は「現地資料」と称して風景写真の隅に写り込んでいたが、今や完全にソロショットだ。しかも、毎回就寝のタイミングに律儀に添付してくる…!) ​それから数ヶ月間、この「添付ファイル問題」は続いていた。 ​ヘリアンのメッセージは常に事務的で、一言一句、業務の範疇を超えない。 しかし、画像だけが、その冷徹なテキストと矛盾していた。 ​ある時は、会食で訪れたレストランであろう化粧室を背景に、白地に華奢な刺繍をあしらわれたアオザイを見にまった写真。 ある時は、自宅の浴室をバックに、ポニーテールでサングラスをかけ、ラップビキニ姿で笑う写真。 どれも正直言って魅力的だが、謎の意欲にただただ、指揮官は首を傾げる。あのヘリアンさんが無計画にする筈がない。きっと計算ずくだ。 もしかすると…『感情表現のコスト削減』のため、テキストではなく画像で表現しているのか? ​つまり…グリフィンを抜け形式上、しがらみがなくなったから、今まで抑えてた「私への好意」を、極めて非効率で複雑な感情を、最も容量の小さい「自撮り画像」というデータ形式に圧縮して送りつけている、ということなのだろうか? 指揮官は仮説を組みたて、結論付ける。 ​その回りくどい論理的なアプローチに呆れ、ある意味感動すら覚える。クルーガーさんが知ったら何を言うだろう…。 もう指揮官は、痺れを切らしていた。 ​翌日、ヘリアンからは「作戦実施前の最終確認について」という、いつもよりさらに無味乾燥なメールが届いた。 そして、例によって添付されている、普段より少し照明が暗い、背景は…寝室だろう。指で秘部を隠し、笑みより照れが勝った、ヌードの自撮り。 ​指揮官は、ペンを投げ出した。もう限界だった。これ以上、業務連絡と甘いアピールのサンドイッチに耐えられない。指揮官の指揮官も限界だ。 ​彼は、すぐさまヘリアンへ連絡した。 ​「ヘリアンさん、メール確認しました、すり合わせです。」 ​「聞こえてる、夜分にすまない指揮官。どうぞ」 ヘリアンの声は、いつものように冷静だ。 ​「この件について、対面での確認が必要です。明日、エルモ号から一番近い衛星都市ODE-■■で午後の18時から、レストランで会食し、1対1で話しましょう」 ​指揮官は、あえて「デート」という言葉を使わず、「業務連絡の延長」という形で誘ってみた。 彼女の論理回路を刺激するためだ。 ​ヘリアンは、一瞬の沈黙の後、いつもの冷静さを失った、微かな上擦った声で尋ねた。 ​「そ、それは……事前確認ということでいいか?」 ​「そうですよ、ヘリアンさん。とても重要な、事前確認です」 「あ、あぁ……承知した」 「ただし、長丁場になる恐れがあります。場所は…貴方が決めてくれて構いません。」 ​指揮官は、賭けに出た。 ​再び、沈黙。そして、ヘリアンの口から出たのは、いつもの論理的な回答ではなかった。 ​「……承知した。」 ​彼女の声は、先ほどの事務的なトーンから一変し、まるで静かに咲いた花のように、しおらしく、柔らかな響きを持っていた。 ​「わた……いや、作戦成功の確率を高めるためにも、その事前確認、必ずしゅ、出席、する。服装については、作戦に適したものを用意すべき…だな?」 ​「はい。送付で提案いただいた内容を、全て、検証しましょう」 指揮官は笑った。 ​「…かしこまりました。では、作戦に適した服装で、君と会おう」 ​電話が切れた後、ヘリアンは自席で、誰も見ていないことを確認し、そっと頬に手を当て、頭を抱えた。 ​(計算通り……いや、想定以上の最良の結果。だが…自撮りで送ったの全部着るのか!?かなり派手なのもあるぞ…!?) ​彼女の顔は、先ほどまで添付していたどの自撮りよりも満面の笑みに輝き、顔を真っ赤にしていた。 翌日、ヘリアンは指揮官の着せ替え人形になり、暫くは杖をついて歩く生活を強いられた。 だが、大人の余裕すら感じられる落ち着いた表情だったのは、それはまた別のお話。