育ての父。故郷の島で漁師をしていた義理の父。私とよく似た女の子の実父。
私にも実の子どもと同じように優しく見守って、育ててくれて、そして突然、海から帰ってこなかった。

忘れていたい、思い出したくない、瀬戸内の田舎の島の記憶。
毎年の盆すら、初盆すらも私は手を合わせに行ってはいない。

一時あの島に戻されたとき、ひとりでお墓に花を供えたきり。
残された家族は本土のどこかに引っ越していったそうだけど………私にはもう関係ない。


『初音はパパが違うから悲しくないんだ！！！！！』


私は家族ではないのだから。
………私も自らの行いで家族を切り捨ててしまったのだから。

「気を使わなくて大丈夫だよさきちゃん……その気持ちだけで十分」
「そう………ですわね」

「だからこの話はもうおしまい。ほら、迎えの車も来てるから、ね？」
「はあ……まったく………あの老人はどこにでも現れますのね。道中どうせまた小言の応酬ですわ……」

マンションの階下に面した道路には黒塗りの高級車が停まっていた。
さきちゃんの祖父、そして私の実の父、豊川定治さんも同乗してさきちゃんを待っているみたい。

「……ほんと、あの金の亡者の親戚連中とも会うと考えると……家の付き合いって憂鬱ですわ」
「ごめんね……私たちのためにいっぱい苦労させちゃって……私も助けになれたらよかったんだけど」
「いいですわよ。この程度のこと、神にとっては些事ですもの」

よかった。話を切り上げられた。………私の家族だった人たちの話題は心がざわついてしまうし、なるべく忘れていたいから……私が全て悪い、私の罪のことは───

「初音」
「…………？さきちゃん？な、なに？」

どきっとする。目を伏せて、再び上げた瞬間にさきちゃんのお顔が。
私の後ろ向きなこころを見透かさすような眼差しと至近距離。

美しくて、凛々しくて、芯の強い顔立ち。いつまでも見ていたいさきちゃんのお顔が。
咲き誇った華のような、そんな最強すぎるビジュのお顔が視界いっぱいに。
そして気付いた。さきちゃんの腕が私の身体に回されてて……

「さきちゃん！？な、なんでっ！？ハ、ハグ！？み゜」
「気負わなくていいんですのよ。豊川のことも、あなたの過去のことも。だってわたくし達、共犯者ですもの」

だ、抱きしめられてる……！さきちゃんに……！？
さきちゃんのいい匂いが鼻腔に薫る。さきちゃんの体温を通じて心臓がバクンバクンとカノンを奏でている。さきちゃんの、さきちゃんの、さきちゃんの、あわわわわ、お………いっぱい感じられて………。

私より小柄で、けれど頼もしい、その身体が私に熱を与えてくれる。

「あなたを全てのしがらみから護るのはわたくしの責務ですわ」
「さ、さきちゃん……？……まだ朝だよ……？こんなの私、幸せで死んじゃいそう……」
「────病めるときも、健やかなるときも、運命を共にって契約ですもの」
「ひゃ、ひゃぃぃ」
「だから、あまり気持ちを隠そうとしないで。わたくし、神ですわよ？大抵のことならなんとかできちゃうんですのよ？」

そんな……！もうっ、朝からそんなかっこいいお顔でそんなこと囁かれたら私……わたしぃぃ……………………………んっ……あっ……だ、だめっ……漏っ…………


「………………………………………………………………………………ごめん私ちょっと忘れ物思い出したから家戻って着替えてくるさきちゃんは先に出てて私は後から出るから心配しなくていいからだいじょうぶだから」


「………へ？ど、どうして？まあ、いいですけど……」

気を取り直して……
「それでは、初音も道中気を付けて。でも純田さんに迷惑かけないよう、遅刻してはいけませんわよ？」
「ふふっ……さきちゃんも気を付けてね───行ってらっしゃい」
「ええ───行ってきますわ」


行ってらっしゃい。行ってきます。


親しい仲や、家族同士で使う、見送りの挨拶。お互いの無事と再会を願う気持ちを表す言葉。
さきちゃん。私の唯一の家族。日常を重ねる。この些細なやりとりも私には尊いものだから。

島にいた頃にも毎日のように言っていた言葉。でもそれとさきちゃんとの言葉は───違う。

だって…………あそこでは私だけが、家族じゃなかったから───

──────
───
─

プォーーーーーーーー…………

汽笛。
新岡山港から目的の島まで、一時間強の船旅が終わる合図。

船室から出ると思わず怯んじゃった。
灼くようにギラギラ照らす日差しと、おだやかな瀬戸内海の懐かしい潮風が肌にぶつかってくる。

「わぁ……」
船と海を挟んで久しぶりに目に映った懐かしい島のパノラマに、思わず感嘆の声が出てしまった。
島としてはこの辺では隣のたまねぎの島に次いで大きくて、意外と観光客で賑わってる私の故郷。
最後に見たあの時と変わらない。その故郷の姿形は私のセンチメンタリズムに影響してしまった。


あの時───今、引き連れているこの潜める声から、まるで逃げるようママと引っ越したあの時。

ヒソ……ヒソ……　ヒソ……ヒソ……

『あれ例の三角さんちの……下の方？』
『本土に引っ越したんと違うっけ？帰って来とるん？でも前にお姉ちゃんの方は……』

ヒソ……ヒソ……　ヒソ……ヒソ……

『アイドルやってるのって妹よね？名前的に』
『いや、あんま知らんけどそれは姉らしい。いっぺん見たことあるわ、なんやくらーい顔ばーしよった子やのに……ほら、噂じゃえらい金持ちのえらもんさんとの……』

ヒソ……ヒソ……　ヒソ……ヒソ……

『あの子ってアイドルなるってこんまいころ毎日のように言いよった元気な子やろ？ほんであれが姉なん？ほんならなんでそんなことなってんかいな』
『家出して当てつけみたいに勝手に名乗りよんよって近所の人ら言うてはったわ。家族仲悪いようには見えんかったけどなー』
『は〜〜ごっついな〜〜妹が姉のこといじめとったんか？……上の方は、ワイドショーでやっとったわ、えーっと非嫡出子ってやつやんな？あそこの母さんは昔から───』

ヒソ……ヒソ……　ヒソ……ヒソ……

私のことをよく知らない本土のモブレズなどから浴びせられる言葉とは、種類が違う。

好奇、風評、同情、憐憫、侮蔑………これが本土と島の違い。
家族の秘密、それが公然の秘密として知られているばかりに。


「私はずっと気にしたことなかったけど……初音はこれを浴びてきたのかな」


船に居合わせた顔見知りの目から逃げるよう、下船するためのタラップへ。

ヒソ……ヒソ……　ヒソ……ヒソ……
『あれが姉でテレビで妹は見んってことは……あの子才能なかったんかなあ』

私の背中に投げつけられた呪いの言葉のトゲ。その毒にも慣れてしまった。

タラップを降り、久しぶりの故郷の大地を踏みしめて、

「ただいま」

帰郷の挨拶を口にする。
おかえり、と返してくれる人など誰もいない。

ヒソ……ヒソ……　ヒソ……ヒソ……
潜めた、陰口を、囁きを、私の後ろ姿をなじる声だけを引き連れて。
慣れた。慣れた。慣れた。慣れた。慣れた………それでも───

「まなちゃんに会いたい……」

こんな場所にいるわけないのに。私を見つけてくれた輝く星にすがるように。
真夏の太陽の光が照り付ける、雲一つない瀬戸内の青空を見上げた。

良いものを読めてよかった

空白改行はなんというかそういう書き癖です
すいませんでした
つづきます

おやsumimi〜〜

なんだい…今回は終始シリアスじゃないか…

>なんだい…今回は終始シリアスじゃないか…
そうかな…そうかも…

>「さきちゃん！？な、なんでっ！？ハ、ハグ！？み゜」
力技すぎるって！

前話の目覚まし時計とは打って変わってイケメンな神だ…

モブレズが恋しい…

初音の語彙が半分ぐらいモブレズ化してるから…

熱中症明けで落ちてる体調で書いたのでパーなモブレズは出力できませんでした
ヤな感じのモブはいてますが東讃や島の人らに恨みがあるわけではないので許してください……

お大事に…
あのモブレズは脳が明瞭な状態でこそ出てくるのか…

>あのモブレズは脳が明瞭な状態でこそ出てくるのか…
解像度高めないとだからね…

すいません
解釈バトルで喧嘩なるのトラウマなんでなるべく別のところでお願いします
モブレズの大喜利とかなら大丈夫です

>一時あの島に戻されたとき、ひとりでお墓に花を供えたきり。
ちゃんと区切りはつけられていたようでよかった…

>こころを見透か
>美しくて
>咲き
>ハグ！？み゜」
>さきちゃんのいい匂いが鼻腔に薫る。さきちゃんの体温を通じて心臓がバクンバクンとカノンを奏でている。さきちゃんの、さきちゃんの、さきちゃんの、あわわわわ、お………いっぱい感じられて………。
ハロハピ！

小豆島のモブレズは平和な時はあの異常なノリでそうめんVSうどんのバトルをしているのだろうか…（小豆島はそうめんが特産）

讃岐弁ネイティブかな

おいっぱいしかわからなかった…

>ハロハピ！
なるほど
確かに病み上がりのようだ

焚音打みたいな洒落たことしやがって…