ニャアンの表情に翳(かげ)りがある事―――それだけが唯一の心配。  直径6.4kmのスペースコロニーは、113.5秒に1回回転し、1Gの遠心力を生み出している。空は頭の上じゃなく、足の下にある。  コロニー生まれの私たちは本物の重力も、本物の空も知らない。もちろん、本物の海も。 …このセリフにはもう飽きた。もうコロニーとかどうでもよくて、本物の空も本物の大地も噛み締めたい!そして本物の海を泳ぎたい! ―――マチュ、地球に行こう。 シュウジはそう呟いた。ただそれだけが理由だった! めんどくさい事はすべて済ませました!大人達の道具になるのには飽きました!そしてやって来ました! ―――島です!誰もいない南の島!!! わたしとシュウジ、そしてニャアンの3人は見事、地球の大地を踏みしめたのです。 地球の潮は常に不規則で地球の風は人口のものじゃない!天気だってコロコロ変わる!スコールで飲み水が事足りてしまう! ―――最高だッ!!!! わたし達三人は島の家、というか小屋みたいな所で共同生活しています。ジークアクスも赤いガンダムも今じゃわたし達の暮らしを支える原子力電池にしか過ぎません。  わたしは海を泳ぎます。波板にも乗ります。泳いでいる間、パラソルの下で手を降るシュウジにお返事したり。夕凪の砂浜をシュウジと一緒に歩いたりします。シュウジの肌は直射日光に耐えられません。 ニャアンは小屋のベランダで編み物をしています。膨らんだお腹をクッション代わりにして。 ―――ニャアンのお腹には双子の赤ちゃんがいます。診療にくるコモリ先生曰く、もうすぐ産まれるそうです。 『―――父親はわからない。』    そうとだけニャアンは教えてくれました。どうやらエグザベくんではないらしいです。ニャアンが受けた暴力の影が浮かんできました。 「でもね…わたし、うむ。あかちゃんをうむ」    そう決意するニャアンには『覚悟』と『母性』が目覚めていました。ニャアンはわたしより強い存在です。  しかし、ニャアンの顔には影が見られます。翳りです。時折、わたしとシュウジを避けるような仕草を見せる時もあります。  わたしとシュウジは同じベッドで寝ています。それは愛し合う者同士なら当然の事!  しかし、ニャアンは別の部屋で一人で眠っています。  わたしはニャアンの事がすき、シュウジもニャアンの事がすき。だから3人一緒に寝ればいいのに…ニャアンは拒みます。どうして?ニャアンも一緒に寝ようよ!?  あれかな?…たまにわたしとシュウジがエッチをしてキラキラを見るから遠慮してるのかな?  まぁとにかくニャアンとはちょっと心の距離が離れているように感じてしまう事があります。  新しい命を抱えたニャアンの表情はいつも明るい。明るいのですが翳りを感じてしまうのはなぜだろう。  島のほとりにある湖、湧き水が溜まった湖の水はおいしいけど寒いほど冷たいから普段は近づかない事にしている。  湖のほとりにニャアンは時折佇んでいる事があります。身重の身です。ちょっと心配です。  大人達が呼ぶ「ニュータイプ」の勘が疼きます。大人達曰く、わたしもシュウジもニャアンもニュータイプだそうです。そんな事関係ない。私達は三人でキラキラを見た、それだけ。 「ニャアンどうしたの?」 「ううん、なんでもない」 ニャアンは作り笑いで答える。 「なんでもない訳ないじゃん、いっつも一人でここにいるの知ってるよ?」 「うん…考え事する時、ここにいると落ち着くの…それに自分を罰する為にここにくるの」 「罰する?」 「何を言っているのニャアン?ニャアンは何も悪いことしてないよ?」  わたしはまぁ…カネバン公司の金庫から札束をかっぱらった挙げ句アンキーを撃ち殺そうとして、結果ブタ箱にぶち込まれたフダつきの前科者だけど? 「うん、わたしとマチュ。戦ったよね?お互いを本気で殺し合おうとした、それは罰せられるに値する行為だよ」 「それは大人達の道具になるしかなかったからだよ!私だって人を殺した!ニャアンを殺そうとした!けどそれを乗り越えて、今のわたし達がいるんだよニャアン、深く悩まないで、戦争が全部悪いんだ!」  ニャアンは静かに話し出す。 「うん、戦争だったからね、私だって人殺しだよ。けどそれよりもっと悲しい、罰せられないといけない事があるの…」  しばしの沈黙が流れる。湧き水の吹き出る音と夕暮れの涼しい風の音だけがわたし達を包む。 「罰せられるような罪なんてニャアンにはないよ!」 わたしは言い切ります。しかしニャアンは続けます。頬に涙が伝っているのが見えます。 「私ッ!わたしねッ!!!!!!」 ニャアンは泣いています。軍警に暴行を受けた時も、クラバで死ぬほど痛い電撃を受けても決して泣かなかったニャアンが泣いています。 「あの時、黒くて大きいガンダムがきた時―――」 わたしが捕まった時だ!シュウジがキラキラの中に消えた時。 「あの時ね、わたしとシュウちゃんは一緒だったの。その時、お金もマチュも捨てて、シュウちゃんと一緒にね私は逃げようとしたの」 「その事は何度も聞いたよ、仕方がなかったんだよ。もう気にしてないよ」   ―――ニャアンがこの話、シュウジとの逃亡劇を話すのは何度目だろうか。彼女は何十回、何百回彼女はわたしに懺悔した。  そして、わたしは何度も赦した。わたしがニャアンの立場だったそうする。シュウジと一緒に逃げるに決まってるじゃん!でもニャアンは心は許されていないようだ。 「私はワタシがイヤ―――そんな自分がイヤなの―――あの一瞬の罪は消える事がない…だからここで告解(こっかい)するしかできないの…」 『私はワタシがイヤ―――』  その言葉がわたしの中で響く。ニャアンはきっと自分自身で罪を背負っているんだ。『こっかい』はよくわからないけど。 「大丈夫だよニャアン…ニャアンが悲しい気持ちになるなら何度でも赦してあげる。だからおいで…」 腕(かいな)を広げる。受け入れるしかない、わたしはそう思った。 「マチュ…マチュッ!!!!」  ニャアンは腕の中で泣いた、哭き続けた。涙と鼻水でわたしのビキニがグチャグチャになるまで胸の中で泣いていた。  ニャアンが罪を感じた時わたしは何度でも腕を広げて胸を貸そう、そう誓った。 ―――三人一緒で地球に来る。その目的が達成されたのだから、わたしはニャアンの「ともだち」だから。    その夜、ベッドという褥でシュウジとお話しました 「心の罪は消えるものじゃない、ただ受け入れる事ができるんだ。」 「へぇ…難しい事知っているんだね」もはや外着になっているビキニを脱ぎ捨てわたしは答える。 「ガンダムが教えてくれるんだよ。人類は贖罪なんてする必要はない。この地球にね」 「ガンダムさんマジで意味わかんない…ところでさ」わたしはとある提案を切り出しました。 「うん、その方がいいね」シュウジが頷く  そして二人、ニャアンの部屋の扉を開く 「マチュ、…シュウちゃん?」 眼鏡をかけて本を読みながらウトウトしているニャアンをびっくりさせる。ニャアンは本が好きだ、最近は詩集にハマっている。 「ニャアン!三人一緒に寝よう」「その方がいいと、ガンダムが言っている」 「シュウちゃん…マチュ…」 ニャアンは重たい身体を起こす。そして手引きで導いて私達の寝床へ案内する。 シュウジとの寝床がちょっと狭くなった、けどこれはとてもうれしい事 「おふとんからシュウちゃんとマチュの匂いがする…幸せ」 ニャアンがつぶやきます 「くさい?」 「そうじゃない。いい匂い。二人の匂いが混じってなんだか安心する…でもちょっとくさいかもしれない」 「洗濯しないと」恥ずかしくなってしまったわたしがいる 「その必要はない、ボクとマチュの匂いを消すなんて悲しい事をしてはいけないよガンダムも言っている」 「ほんとにそれガンダムが言っているの?」マチュは訝しんだ 「そうだよ、それにボクの本心でもある…そこにニャアンの匂いも交わるんだ。ステキだと思うんだけどなぁ」 「わたしの匂い…イヤだよね」ニャアン 「そんな事ないよ!ニャアンの匂い好き!サラサラした髪の匂いが特に好き!」 「そんなに嗅がないで…恥ずかしいから…あっ!」 ニャアンが突拍子もない声をあげる。 「蹴った、今赤ちゃん蹴ったよ、双(ふた)りとも。ほら見て足形」 本当だ!ニャアンのお腹にちっちゃい足形がくっきり見える。2人分。 「産まれるねニャアン」「そうだよ、新しい命が目覚めようとしている」 「うん…たのしみ、わたし絶対産む、ここで産む」  本島の病院での入院出産はしないらしい。自然の中で産むとニャアンは決心していた。 「ボクたちが取り出すんだね」「なんだか楽しみだね」「ちゃんと取り出してね」  三人、笑う。 「ニャアン、好きだよ」わたしはニャアンに軽くキスをする 「ボクもだニャアン、すきだ」シュウジはニャアンに抱きつく 「シュウちゃん…マチュ…ふたりともすき、だいすき」 ニャアンはその腕で私達二人を抱きしめる。  臨月を迎えた月明りが見守っていた。三人の愛と友情を確かめ合うには十分すぎる月夜であった。 もうすぐ朝が、やってきて。あなたの涙を乾かすんだぜ。 もうすぐ朝が、やってきて。あなたの思い出を変えてくぜ、今ここで。 涙の理由(わけ)は、今消えた。 朝になって、あなたと合って、謝りたい事が、たくさんあるのだから たくさんあるのだから―――