気が合う二人や家族といえど、暮らしの中ではお互いのちょっとしたことが目に付いてしまうものである。 「…またですのね」 祥子は洗濯機の前でため息をついた。 三角初華──初音との同棲生活も慣れてはきたところだが、コーヒーをはじめとして生活面でいくつか引っかかる部分がある。 もちろん話し合った事、デリケート故に言わないでおく事、言えない事、はあるがそれ以外に不可解な事があった。 その一つが洗濯物である。 どういうわけか初音は自分の洗濯物だけですぐに洗濯機を回してしまうのだ。 ちょうど入浴を終えた初音のドライヤーの音が聞こえるのを見計らって脱衣所で祥子は声をかけた。 「あの初音…?」 「あ、さ、祥ちゃんごめんね!もう上がったからお風呂どうぞ!」 風呂上がりの寝間着姿の初音は、髪を乾かすのもそこそこに洗濯機から自分の洗濯物を手早くまとめるとすぐに脱衣所から出てしまった。 「ああいえ…はい…」 洗濯機周りは整っていてすぐにでも次の洗濯ができるようになっているし、祥子の分の洗濯物は別の脱衣かごにキレイに分けられていた。 考えがまとまらないまま祥子はまず先に入浴を済ませることにした。 湯船につかりながら祥子は原因を思い巡らす。 赤羽での生活で洗濯含め家事一般は一通りこなした祥子である。 今現在は節約するに越したことはないが、そこまで困窮した生活ではなく、祥子と初音で洗剤が別という事でもない。 赤羽での二層式洗濯機には手を焼いたが、今の家では静音の洗濯機で夜に回して苦情も来ないハイテク万歳 つまり、洗濯行為自体の問題ではないはずだ。 そもそも最初の頃は初音も自分も衣類は全て同時に洗濯していた覚えがある。 祥子は特に気にしたことはなく、初音の方がいつの間にか何かを気にするように今のように分けるようになっていて… ここで祥子に一つの考えが浮かんだ。 もしかして、自分の衣類が、臭うのではないか 「…まさか…そんな…?」 普通なら至らない考えだが一度浮かんでしまうと衝撃的でネガティブな考えほどなかなか消えない。 そしてこの考えは年頃の少女には相当にショックである。 それも同年代の相手から行為をもってして突き付けられたのではないかとなると自身のプライドの崩壊すらあり得る。 「これはっ…直ちに解決すべきですわ…!」 幸いにも答えはすぐ手の届くところにある。 湯船から立ち上がった祥子は急いで髪と身体を洗いはじめた。 「初音…座ってくださいまし、お話がありますの」 「えっ祥ちゃん…?わ、わかった…」 こちらの深刻な空気を感じ取ったのか初音は少し怯えるようであった、向かい合って星空のロフトの星座の下に正座。 深呼吸をひとつ 「…単刀直入に聞きますわ、どうして初音は洗濯なさるときわざわざ私の衣類を分けますの?」 「…えぇっ!?」 予想外の質問とに戸惑う時と何かの隠し事を突いた時の初音の声と祥子は察した。 「洗濯の仕方とかの話は結構ですわ、先程もですけどどうして初音は私の洗濯物をわざわざ丁寧に別に分けますの?」 「いや…その…えぇ…」 「怒っているわけじゃありませんわ…いえむしろそういう理由なら初音は怒るべきですの…?」 「えっ?怒る?なんで…?何…?」 「ともかく…分ける理由を言ってくださいまし!」 ここまで言い切って答えを待つことにした。初音はふにゃふにゃあうあうと唸りながらも数分後に答えた。 「その…………さ…祥ちゃんのにおいが…気になっちゃった…から」 アア、オワッタ─── 「だ、だから祥ちゃんのきれいで…いいにおいの衣類はちゃんとわけないと…私のと混ぜたら汚れちゃうかもしれないし…」 イイニオイ… いいにおい? 「私の衣類が…その、におうから避けていたのではありませんの?」 「そうなんだけど私のにおいが混ざると駄目だから…」 「いいんですの!?駄目なんですの!?」 容量を得ない会話のややこしさに忘却したくなるのをこらえて整理したところ 初音はわたくしのにおいが好き。 私の衣類からわたくしのにおいがする。 一緒に洗濯すると自分の衣類にわたくしのにおいがうつってしまって興奮する、した。 なので洗濯を分けることにした。 「…なるほど…良くわかりましたわ…」 「…え、わかってくれた?祥ちゃん…」 「ええ…あなたが予想以上に駄目な子と言う事が!!!!」 「!?」 「まず目の前に本人がいてどうして衣類に行きますの!」 「だって…祥ちゃんを…祥ちゃんを強く感じたくて」 「目の前の本人より強く感じるってどういうことですの!というか分けてる時に嗅いでますのね!?」 「うううっ…!ごめんなさい…でも祥ちゃんはいいにおいだからっ…」 「そこが既にデリカシーの問題ですわよ!!」 しばしの追求と口論の結果 洗濯は可能な限りまとめて、衣類で余計な事をしない、干す時は一緒に などの新たな同棲ルールの取り決めに至り、その夜は祥子のお仕置きわからせ神話が激しく燃えたという。 季節が変わってた後日 「最近は暑いですわね…」 一日の活動の終わりに汗まみれも少なくない季節に祥子は脱衣所で一人ごちる。 ふと自分の持っていた着替えを顔に近づけて嗅いでみた、自分のにおいというものは感じにくいというが 祥子には洗濯してあるただの衣類のにおいとしかわからない。 以前話していたことを思い出す、初音は一緒に洗濯をすると祥子のにおいが混ざると言っていた。 初音は洗濯後でもにおいを感じるほど鼻がいいのだろうか? もしかしたら祥子自身もわからない祥子自身の事を嗅ぎ取っているかもしれない。 「まるで探偵ですわね」 と、脱衣を済ませ、入浴に赴いた。 初音がそれほど鼻が利くとしたら、祥子を理解しようとしながらも、頑なにコーヒーを勧めるのは、 ひょっとしたらあの強い香りで何かに気づかないようにしているのか はたまた一つの香りに包まれた二人だけの空間を欲しているのか、祥子はそこは考えずにおこうと決めた。 「祥ちゃんおかえり!衣類これだよね!洗濯機回しておくね!ふすーふすーむっふー!!!」 「早く回しなさい!初音!」